最初に|イギリス人とセミ
知人のイギリス人女性・サラは、日本にもう5年以上住んでいる。
彼女が来日当初、日本の夏で衝撃を受けたことの一つが「セミの大合唱」だった。
イギリスにいたころは、そんな虫を見たこともなかったから。
夏のある日、英会話スクールで夜遅くまで英語を教えたあと、アパートで泥のように眠っていたところ、早朝、すさまじいセミの鳴き声にたたき起こされた。
彼女には、その音の正体がさっぱり分からなかった。
まあ、今となってはすっかり慣れて、夏の風物詩と感じているようだけど。
そんなサラさんと冷房の効いたカフェで話をしたので、これから、彼女が感じた日本の夏について紹介していきたい。

道端で地面に落ちていて、お亡くなりになったと思ったら、最後の力を振りしぼって突然飛ぶことがある。
「セミ爆弾」あるいは「セミファイナル」といわれる現象だ。

日本とイギリスのウナギ料理
ーー7月の終わりになって、毎日ホントに嫌になるくらい暑いよな。
ふつうに生活しているだけで、拷問を受けている気分だ。
サ:「おつかれサマー」って感じだよねぇ。
ーーここは十分、エアコンが効いているから、これ以上の寒さは必要ないと思うんだけど。
というか、そんなダジャレをどこで覚えたんだよ。
サ:最近、日本人の知り合いから聞いてね。
聞いた瞬間にその意味を理解できたから、「わたしの日本語能力もレベルアップしたじゃないか!」って嬉しくなったのさ。
それで、ちょっと言ってみただけだよ。
ーーそれはもう、この場で封印したほうがいいな。
それにしても、今年の夏はいよいよ本気を出してきたよな。佐久間(浜松北部)では41度を超えたっていうし。
うっかり散歩をしに家を出たら、もう戻ってこられないかもしれない。
サ:おいおい、まるで戦時中みたいじゃないか。
ーーこの暑さは間違いなく非常事態だね。現に熱中症で亡くなる人も少なくない。
日本では伝統的にウナギを食べて、暑さを乗り越えるためのエネルギーをとってきたわけだけど……イギリスには、そういう「夏のパワーフード」みたいなものはあるのか?
サ:イギリスでもウナギは伝統的な食べ物だよ。ただし、それは限定的だ。
ウナギはロンドンに住んでいた労働者階級の食べ物で、彼らにとっては貴重なタンパク源になっていたのさ。
だから日本と違って、高級品とは正反対のイメージがあるんだよ。
ーー「ウナギのゼリー寄せ」か。あの見た目はゲテモノだな。

ウナギのゼリー寄せのイメージ
イギリスで「夏の食べ物」といえば?
じゃあ、イギリスで「夏の食べ物」というと、どんなものがあるんだ?
サ:そう言われて思い浮かぶのは、やっぱりバーベキューだねぇ。
イギリスの夏は日本と違って湿度が低いから、わりと過ごしやすいんだ。
わたしもイギリスにいたころは、夏になると家の庭でバーベキューをしていてね、それがすごく楽しみだったのさ。
ーー日本でも夏にBBQをする人はいるよ。
でも、最近のこの致死的な酷暑のせいで、僕の知り合いは自宅の庭でバーベキューをするのを諦めて、エアコンの効いた室内でするようになったらしい。
外でやってたら、肉を焼いているのか、自分が焼かれているのかわからなくなったらしい。
サ:最近は温暖化のせいで、イギリスの夏の暑さも少しおかしなことになっている。だから、そのうちイギリスでもそうなるかもしれない。
ーーといっても、データを見る限りではまだまだ天国みたいな環境だけどな。
ロンドンできょねん一番暑かったのは7月らしいけど、データを見ると、平均最高気温が約26度、平均最低気温が約16度。
日本人からしたら、よだれが出るほどうらやましい避暑地だよ。
イギリスの広い庭と日本の「ウサギ小屋」
ーーそれに日本の場合は庭が狭いから、バーベキューをするとご近所に煙や騒音で迷惑がかかることもある。
ヤツもそれを気にしていた。
サ:そこは重要なポイントだね。イギリスについて、わたしが「良いな」って思うところは家の庭が広いことだ。
日本に住んでいた知人もそう言っていた。
彼女がイギリスに戻ってから、「自宅の庭で子どもとサッカーをして遊べるからいい」って言ったのを聞いて、わたしもうらやましくなった。
あの開放的な空間でするバーベキューがいいんだよ。
ーーそうなんだ…。昭和の時代、ヨーロッパ人に「ウサギ小屋」って言われたのを思い出したよ。
EC(ヨーロッパ共同体)の資料の中で、日本の家が小さく見えて、「ウサギ小屋(rabbit hutch)」と表現されていたんだ。
それには日本人も反論できなくて、自虐的な流行語になったけどな。
サ:やっぱり夏には、日本人は家の中でウナギを食べればいいんだよ。
ーームカつく言い方だな。

日本でうなぎが「夏の食べ物」になったのは江戸時代から。

おまけ
イソップ寓話のひとつで、日本でも有名な話に「アリとキリギリス」がある。
夏のあいだ、アリは汗水垂らしてしっかり働き、食べ物をたくわえている一方、キリギリスはなまけて歌って遊んでいた。
やがて冬になると、食べ物がなくて困り果てたキリギリスが、アリさんに食べ物を恵んでもらう……というのが、日本で知られている優しい「お花畑バージョン」だ。
しかし西洋版では、アリはキリギリスの頼みを無情にも断って見殺しにしている。

この物語のもともとのタイトルは「アリとキリギリス」ではなく、「アリとセミ」だった。
ヨーロッパ北部ではセミがあまりなじみがなかったため、翻訳される過程で「バッタ」や「コオロギ」などの虫に変えられたのだ。
イギリス人の彼女がセミの大合唱を聞いて、最初は意味が理解できなかったのも、無理のない話だった。
(アリとキリギリス)

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