女性と握手ができない! 中東と東南アジアのイスラム教徒の違い 

 

はじめの一言

発明王・エジソンの日本人助手の岡部芳郎についてこう感心したという。

「自分の子供たちは、よく自分の周りから金品を勝手に持ち出していくが、この日本の青年はテーブルの上にお金が置いてあっても、まったく手をつけない」

 

・うざい国にはワケがある

日本人旅行者の間で、インド・モロッコ・エジプトの3つの国が「商売が強引でしつこい!」ということで「世界三大うざい国」と言われているらしい。
で、この3つの「うざい国」を見て気づいた。
これらはイスラーム圏の影響の強い国だ。
ひょっとしたら、「うざい」ということとイスーラム教の考え方には、何か関係があるのでは?
そう考えて、前回の記事で、イスラーム教徒の義務であるザカート(喜捨)と「うざい」の関係について書いてみた。

*日本でインドは「ヒンドゥー教」のイメージが強いが、インドは約1億8千万人のイスラーム教徒が住む、世界3位のイスラーム大国でもある。
特にムガル帝国が支配していたインド北部にイスラーム教徒が集中している。
インド北部はイスラーム教の影響がとても強いので、ここではインドを「イスラーム圏の国」とした。

でも、イスラーム教については、イスラーム教徒に聞くのがいちばん。
ということで、インドネシア人のイスラーム教徒に話を聞いた。

 

・同じイスラーム教も東南アジアと中東は違う。

まず、彼らに言われたのは、同じイスラーム教徒でもインドネシアと中東とでは大きく違うということ。

「世界中のムスリムはアッラーを信じて礼拝をしますが、細かい生活のルールは地域によって違うんです。だから、私たちも中東のイスラーム教のくわしい教えはわかりません。」

言われてみればそのとおり。
アラビア半島にある国に比べると、インドネシアのイスラーム教は「ゆるい」。
たとえば、イスラーム教最高の聖地「メッカ」があるサウジアラビアには、基本的にイスラーム教徒だけしか入ることができない。異教徒は入国を許されないという厳しさがある。

*彼らインドネシアのイスラーム教徒は、自分たちが「ゆるい」とは考えていなかった。
この表現は軽い侮辱になるかもしれない。

 

マレーシアで出会ったサウジアラビア人の女性は、「マレーシアに来て、初めて女性が車を運転しているのを見て驚いた。サウジアラビアでは女性の運転は許されていないから」と言っていた。

そういえば、東京新聞の記事によると、最近スイスでこんなことがあった。(2016年5月26日)

宗教上の理由で女性教師との握手を拒否したイスラム教徒の男子生徒2人に対し、教師から握手を求められれば応じる義務があるとの判断を下した。
応じなければ、最高5千スイスフラン(約55万5千円)の罰金が保護者に科される恐れがあるとしている。

女性教師との握手は義務、スイス イスラム教男子に

 

スイスのこの中学校では、生徒と教師が握手をする習慣があるらしい。
しかし、この学校に通うイスラーム教徒の中学生が、家族以外の女性に触れることは宗教的に禁じられていると主張し、女性教師との握手を免除するよう学校側に求めたという。

インドネシアなら、こんな問題は起きないと思われる。
友人のインドネシア人ムスリムは、欧米人と同じように外国人女性と笑顔で握手をしていた。

さらにサウジアラビアやカタールでは、イスラーム教の教えに反しているとして「ポケモン禁止令」が出ている。
けれどインドネシアでは、「問題なし」で、ポケモンGOは人気があるという。

ということでこれから書くことは、インドネシア人の友人のイスラーム教徒の意見になる。

 

P1060375

マレーシア

 

・ザカートの考えが常識になった?

イスラーム教のザカート(喜捨(ザカート)について、専門家はこう説明している。

これは財産のなかから一定の割合(金銀は二・五%など)で徴収され、困窮者や旅行者に支給される。ただし、一定以上の財を持つ者のみが支払う義務を持つ

「聖典「クルアーン」の思想――イスラームの世界観 (講談社現代新書) 大川玲子」

 

すべてのイスラーム教徒は平等だから、お金持ちが貧しい同胞に富を分け与えることは当然、ということだろう。
そのことを尋ねると、インドネシア人のムスリムはこう話す。

「それはあると思います。でも、インドネシアではイスラーム教徒だけじゃなくて、キリスト教徒や中国系の人たちにもそんな考え方をもっています。インドネシアは格差の激しい社会なので、経済的な理由からも、貧しい人に分け与えることを重要とする意識がうまれたと思います」

日本でも「金持ちは多く払うべき!」という考えはあって、それが累進課税の制度になっている。ちなみに現在の日本の所得税(控除額を抜いた額)はこんな感じで取られている。

年収が195万円の人は税率5%だから、約10万円。
年収が4000万円の人は、税率45%だから、1800万円。

(国税庁HP No.2260 所得税の税率より)

「同じ日本人なのに払う税金の額が違う!」と、お金持ちは文句を言うかもしれないけど、日本の社会ではこれは常識の範囲内にある。
この「お金持ちは多くの税金を払うことが平等」という考え方は、宗教か経済格差か何に由来しているのかは知らない。

インドネシア人の意見としては、

「イスラーム教で重要なザカートの考え方がその国に広く広まって、結果として常識的な考え方になった可能性は考えられますね」

というものだ。
確かにイスラーム教の教えに反する考え方が、イスラーム教の社会で常識になることはありえない。

社会の常識が宗教の考え方から生まれることはよくある。
日本の場合、国民の多くが「自分は無宗教」だと思っているから、仏教徒でも神社で手を合わせたり、キリスト教の教会で結婚式をあげたりすることが常識になっている。

 

 

・小さな悪より大きな善

以前、こんな疑問をもったことがある。

「なんで『うざい国』と言われる国の人たちは、外国人の旅行者にとんでもない金額をふっかけてきたり、ウソをついてお金を手に入れようとしたりするのか? 良心が痛まないのだろうか?」

日本でもボッタクリはあるが、こうした国ではそれが一般化しているのだ。

「これは悪い話だけど、イスラーム教徒の商売人は客からぼったくっても、後でザカートをしたらOKと思ってない? たとえばエジプト人の商人だったら、客に10倍、20倍の金額をふかっけて不当な利益をあげても、『ザカートさえすればいい』って考えないかな。外国人からたくさんお金を取って、それをザカートで貧しい人に分けてあげると良心は痛まない。むしろ、それは善行になる。そういう考え方はない?」

これに対し、インドネシア人はこう話した。

「それは関係ないと思いますよ。イスラーム教徒というより、国民の気質や個人の考え方ですね。インドネシアはのんびりした人が多いし、『儲けたい』という気持ちは少ないから、エジプト人みたいに強引な商売をしないと思います。」

 

確かに国民にはそれぞれ気質がある。
しかし、中東のイスラーム教徒と東南アジアのイスラーム教徒では、明らかに行動や考え方が違う。
東南アジアのイスラーム教徒では異性と握手できる人が多いし、マレーシアでは女性が車の運転をすることができる。
どう見ても、中東の国の方がイスラーム教の戒律に対して厳しい。
こうした違いは、イスラーム教が征服によって広められたか、伝道によって平和的に広まったかの違いに由来すると思う。

 

 

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2 件のコメント

  • >日本人旅行者の間で、インド・モロッコ・エジプトの3つの国が「商売が強引で、しつこい!」ということで「世界三大うざい国」と言われているらしい。

    >で、この3つの「うざい国」を見て気づいた。
    >これって、イスラーム圏の国じゃん。
    インドはイスラム教の国ではなく、ヒンドゥー教の国です。
    訂正をお願いします。

  • コメントありがとうございます。
    「イスラーム圏の国」という表現は誤解をまねきやすいですね。
    「インド北部」ということです。
    言葉が足りませんでしたね。
    また、何かお気づきの点があったら教えてください。

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    今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。