サイゴンでの処刑:いまも人類に教訓を与える、歴史的な写真

 

2008年6月14日、東北でマグニチュード7.2 の大地震が発生。
地震の揺れもそうなんだが、この岩手・宮城内陸地震ではこんな画像が拡散されて、人びとに大きな衝撃を与えた。

 

 

崩れたがけの斜面から、こんな巨人の骨が出てきたのが、テレビ局の中継にたまたま映ってしまった。
結果的に地震によって古代の日本では、10メートル級のヒトが大地を歩き回っていことが明らかになるかー。
これは崩落した現場に、吉野ヶ里遺跡で見つかった人骨の写真を貼り付けた加工画像だ。

いたずら目的につくったヤツの期待どおり、この画像は世間を騒がせることに成功した。
こんなフェイク画像が人をあざむくことはよくあるが、真実を映したのに、世界中の人たちがだまされてしまった歴史的な写真がある。
ベトナム戦争の最中だった1968年に、アメリカの支援を受けていた南ベトナムの軍人が、1人の人間を銃で処刑した場面を撮影した一枚だ。
下にいくとそれが出てくるから、お覚悟を。

 

 

 

 

 

 

 

Eddie Adams/Associated Press

 

『サイゴンでの処刑』 (Saigon Execution) といわれるこの写真の破壊力はハンパない。
新聞やテレビでこのシーンを見たアメリカ国民は戦争の残酷さに言葉を失って、ベトナム戦争に対する世論が一気に変わった。

米誌ニューヨークタイムズの記事(Feb. 1, 2018)

the image gave Americans a stark glimpse of the brutality of the Vietnam War and helped fuel a decisive shift in public opinion.

A Photo That Changed the Course of the Vietnam War

 

遠く離れたベトナムで起きている”真実”を目にして、アメリカでは反戦運動が急速に盛り上がって、その後の敗戦へとつながった。
ただ「ネタバレ」すると残酷なのは撃たれた人間で、被害者は撃った人間のほうかもしれない。

 

1968年に南ベトナムの都市で、北ベトナム軍が奇襲攻撃を仕掛ける「テト攻勢」が始まる。
そのとき南ベトナム軍の軍人とその妻、そして6人の子供とさら軍人の80歳の母親を殺害した罪に問われて、30代の男がグエン・ゴク・ロアンの前に連れてこられた。
すると南ベトナムの軍人だったグエンは銃を取り出して、迷わず男の側頭部を撃ち抜く。
たまたまAP通信のカメラマン、エディ・アダムズが現場にいて、射殺の瞬間を撮影したのが上の一枚だ。
その写真が配信されると、世界中の人びとが衝撃を受けてロアンを憎悪するようになり、アメリカでは反戦運動が盛り上がった。
ベトナム戦争の流れを変えたこの一枚は「戦争全体を要約したもの」、「彼の写真こそ戦争が変わった瞬間だ」と高い評価を受けて、アダムズは写真家としては最高の名誉であるピューリッツァー賞を受賞した。
でも、彼はそれを拒否する。

くわしい背景はハッキリしていないが、射殺された人間が北ベトナムの軍人だったことは間違いないとされている。
軍人が軍服ではなく、私服を着て民間人のフリをする行為は国際法で禁止されているから、それをしなかった人間は捕虜としての扱いを受けることはできない。だから、処刑しても問題視されないこともある。
このへんの合法かどうかの判断はとてもむずかしい。(便衣兵

戦場では平時の価値観や常識がひっくり返って、殺人が法によって認められている。
ロアンは戦争犯罪で裁かれていないから、あの処刑は国際法上では”問題なし”になったと思う。
でも、あの写真のインパクトは強烈すぎるから、銃で撃つまでの状況は一切無視されて、ロアンは「残虐な殺人鬼」と認定されてしまう。
それでロアンが足に重傷を負っても、病院は彼の受け入れを拒否した。
南ベトナムとアメリカの敗戦が決定的になって、そこにいたら命の危険があったのに、ロアンとその家族はアメリカ軍の救出対象から外された。
それでもコネを使って、何とかアメリカへ脱出することはできたけど、あの写真でロアンを敵視していた政治家は彼を国外へ追放しようとする。
最終的にはジミー・カーター大統領がそれを否定したことで、彼は国外追放をまぬがれた。
逆にいえばロアンの行為は、客観的にみれば問題はなかったということだろう。

世間から忘れ去られることを願っていたロアンは、レストランを開いて静かに暮らしていた。
でも、過去がバレて廃業に追い込まれ、最期は1998年にガンでこの世を去った。
彼の店のトイレの壁には「俺たちはお前が誰かを知っている。くそ野郎」という落書きがあったらしい。

 

自分の写真が引き起こす事態をまったく想像していなかったアダムズは、ピューリッツァー賞を辞退して、写真を公表したことを激しく後悔する。
結果的に、(おそらく)無実のロアンの一生を台無しにしてしまったアダムズは、彼への追悼文でこう書いた。

この写真の中では2人の男が死んでいる。銃弾を受けた男、そしてグエン・ゴク・ロアン将軍だ。将軍はベトコンを殺した。私はカメラで将軍を殺した。スチール写真は世界で最も強力な武器だ。人々はそれを信じるが、たとえ手を加えてなどいなくても、写真は嘘をつく。写っているのは真実の半面だけだ。

グエン・ゴク・ロアン 

 

アダムズのいう写真に写っていなかった、もう半分の真実とはこんな質問だ。
Nguyễn Ngọc Loan

What would you do if you were the general at that time and place on that hot day
もしあの暑い日、あの時あの場所であなたが将軍だったらどうするのか?

 

相手の立場に立とうとしないで、一方的に非難することは誰でも簡単にできる。
『サイゴンでの処刑』は実際にベトナム戦争の流れを変えたから、「世界最強の武器」といっても大げさではない。
その衝撃で、あれは一瞬を切り抜いたものということを忘れて、世界中の人たちが前後の状況を無視して1人の人間を追い詰めた。
「巨人の骨」レベルの加工画像はすぐにバレるし、大したことはない。
気をつけないといけないのは、人は真実にもだまされるということだ。
罪悪感からピューリッツァー賞を辞退したアダムズと違って、あえて半分の真実を見せて人を誘導したり、利益を得ようとする悪者はいまでもたくさんいる。

 

 

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今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。 また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。