日本人と外国人では、同じものを見ても、見えている世界が違うことがある。数年前、広島を旅行したインド人カップルの話を聞いたとき、そう実感した。
彼らが広島を選んだ理由は、日本が世界唯一の被爆国であることを確認するためで、原爆ドームと資料館、それと平和公園に足を運んだ。
2人はそこで原子爆弾の恐ろしさや悲しさ、日本人の平和への願いを感じて、
「たくさんの死体や広島市が壊滅した写真を見て、震えたね。一瞬であんな地獄を作り出すなんて、核兵器の破壊力は本当にすさまじい」
と話すところまでは同意できた。でも、すぐに、
「インドも第二の広島にならないように、核兵器が必要なんだ」
と言うから、聞き間違えたかと思って、頭の中で言葉を確認してしまった。
日本人は地球上から核兵器を無くすことを理想としていて、外国人が原爆ドーム・資料館・公園の「平和三点セット」を見学することで、同じ思いを持ってもらうことを期待している(と思っている)。それなのに、彼らは核廃絶どころか、資料館で涙を流し、核保有の必要性を強めてしまった。
「ノーモアヒロシマ」の意味がまったく違う。
もちろん、2人がそう感じたことには、それなりの状況や理由がある。
インドは戦後、隣国のパキスタンと3回も戦争をしていて、カシミール地方の領有権をめぐる対立は今も解消されていない。
インドとパキスタンは1988年に核実験を行い、核武装を宣言した。お互いに核兵器を持ってからは、小さな戦闘はあっても、大規模な戦争は起きていない。つまり、彼らの考え方では、核の恐怖が第四次印パ戦争を防ぎ、現在までの「(危険な)平和」を維持している。
戦争の恐怖や核の脅威が身近にあるインドでは、こんな核の抑止力は常識的に受け入れられているらしい。この辺の認識は、それを実感する/しない国では当然違う。
(たぶん)カシミール地方の湖
先月の22日、カシミールでイスラム過激派がインド人観光客らを銃撃し、26人を殺害すると、インドのモディ首相はすぐに「(テロ事件の首謀者を)地の果てまで追い詰めて罰する」と宣言した。
インド政府は、この攻撃の背後にパキスタンがいると非難し、印パ間の国境を閉鎖して、国内にいるパキスタン人にインドからの退去を命じた。
(インドにいたら、リンチされる可能性があるから、彼らの安全を守るためには必要な措置だったかも)
パキスタン側はテロ事件への関与を否定し、インドによる「自作自演」と逆に非難して、両国の緊張は一気に高まった。
その時、ニューズウィーク誌はこんな記事を掲載した。(2025年4月28日)
インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するかも…日本人が知らない印パ間の深すぎる「確執」
しかし、結果を見ると、全面的な核戦争へ発展することはなかった。印パ両軍が相手国を攻撃し被害が発生したものの、一週間ほどで停戦に合意した。
先ほどのインド人カップルには、この未来が見えていた。カシミール問題はまだ解決されてなく、火種として残っているから、これからもパキスタンとの衝突は避けられないが、お互いに核兵器を持っているから、大規模な戦争にはならないと「予言」していたのだ。
最近、日本で知り合ったパキスタン人も、カシミール問題についてはインド人と反対の見方をしていたが、「核戦争」については同じ意見で、それは絶対に起きないと話した。そう断言する理由を尋ねると、彼はこう言った。
「核戦争になったら、お互いに壊滅的なダメージを受けることは分かっている。戦争をする理由は受ける被害以上に、自国に大きなメリットがあるからだ。インドもパキスタンも破滅するのが分かっていて、戦争を始めるほどバカじゃない」
お互いにメンツがあるから攻撃はするけれど、「適度なところ」で止め、両政府が国民に「勝利宣言」をして終了するという。
インド人カップルも同じことを話していた。実際、カシミール問題を原因とする今回の武力紛争は彼らの言った通りになった。インド人とパキスタン人は、日本人とは違う未来を見ていて、奇妙な信頼感があるらしい。その安心感はとても危険だと思うのだけど。
パキスタン人も原爆ドームと資料館を見学したら、「第二の広島にならないように、核兵器が必要だ」と決意を新たにするのだろうか。
コメント
コメント一覧 (1件)
> パキスタン人も原爆ドームと資料館を見学したら、「第二の広島にならないように、核兵器が必要だ」と決意を新たにするのだろうか。
それは当然でしょう。と言うか、そのように考えない国民が大多数であるのは、おそらく、世界で唯一日本だけだと思います。世界の人々の多くは、そのインド人に同じ考えだと思いますよ。
私もどちらかと言えば、日本人の「お花畑的理想論」よりは、そのインド人に近い考え方です。ただし、日本が核兵器を所有することには反対。なぜならその使用権を有するであろう政治家の判断能力を信じられないからです。
核兵器よりもずっと金はかかるが、通常兵力を充実させて、隣国に余計な「誘惑」を感じさせない方が侵略の防止には確実だと考えます。