7月8日は、1853年にアメリカ海軍の東インド艦隊、いわゆる黒船が江戸湾の入口である浦賀に現れた日だ。これで日本は、庶民から幕府や朝廷まで大騒ぎになった(黒船来航)。
この艦隊を率いていたペリーは、日本では誰でも知っている超有名人だけど、アメリカでは知られていない。
以前、英語版のウィキペディアで彼について調べようとしたとき、「ペリー」とだけ検索すると、たくさんの人物が出てくると思い、「マシュー・ペリー」と入力したところ、アメリカのドラマ『フレンズ』で有名になった俳優、マシュー・ペリーが出てきた。一般的に、アメリカ人が「ペリー」と聞いて思い浮かぶのはこっちのペリーだ。
軍人のペリーが書いた『日本遠征記』を読むと、彼がどんなことを考えていたかがよく分かる。ペリーは黒船に乗って鎖国中の日本に向かっている間、自分とアメリカの役割を「日本の壁を打ち砕き、その門戸を世界へ開く」ことだと自覚していた。実際、彼はそれを実現し、1854年に幕府と日米和親条約を結び、日本は開国した。
でも、ペリーの次の願いは、2025年になっても実現していない。
「キリスト教徒としては、彼らの迷信や偶像崇拝のさまざまな様相を見きわめ、ひいてはより純粋な信仰心と啓発的な礼拝とがいつか日本人をキリスト教世界に引き入れる日の来ることを願わずにはいられない。」
現在、日本にいるキリスト教徒の割合は約1%しかない。これは、インド(2.3%)の半分以下だ(インド共和国 基礎データ)。世界的に見ても、日本はキリスト教の影響がとても薄い。
日本に住んでいる外国人がこれを不思議に感じて、何度か「日本人がキリスト教を受け入れない理由」について質問されたことがある。
たとえば、サウジアラビアやパキスタンではイスラム教が国教とされていて、国民の信仰心はとても強いから、キリスト教が広まらない理由は分かりやすい。ガチのイスラム教徒をキリスト教徒に変えるのは本当に難しい。でも、日本ではほとんどの人が無宗教で、クリスマスをはじめ西洋文化に親しんでいる雰囲気がある。だから、条件的にはキリスト教を受け入れやすいように見えるが、実際には全然そうじゃない。だから、「なぜ?」と疑問に思う外国人がいるのだけど、ボクにもその理由がよく分からない。
あるドイツ人は、日本と韓国は隣国だから、人びとの価値観や考え方はすごく似ていると思っていた。日韓には歴史的にも共通点があり、19世紀まで「鎖国」をしていたという点も同じだ。だから、そのドイツ人は、韓国ではキリスト教徒が約30%いるのに、日本ではほとんどゼロに近いことを知って、不思議に思ったという。
これは、日本人と韓国人の精神的な違いを表している。
キリスト教が普及していないことについては、「日本が西洋の国に支配されなかったから」という理由がある。以前、メキシコ人から中南米でキリスト教が広がった理由を聞いたことがある。16世紀以降、スペイン人は現地の人にキリスト教への改宗を強要し、拒否すれば殺してしまったので、キリスト教が支配的な宗教になったという。
もし日本も植民地になっていたら、同じようになっていた可能性は十分ある。
キリスト教に染まらない内面的な理由として、日本人は自分を無宗教と言っているけれど、実は「日本教」の信者だからだと、個人的に考えている。
「日本教」という言葉は、昭和の評論家・山本七平が作り出したものだけど、芥川龍之介もすでに言っていたという指摘がある。
キリスト教では神がこの世を創造し、人間に対して絶対的な支配者として存在している。それに対して、日本教では人間を中心とする和の思想があり、「人間性」が大切にされる。しかし、日本教に特定の教義はなく、日本人は自分が日本教徒であるという自覚を持っていない。
聖書の『ヨブ記』を読むと、その違いがよく分かる。
あるとき、天界で神と悪魔がこんな会話をした。
神「地上にいるヨブという人間は善人で、私(神)を深く信じている。」
悪魔「でも、不幸が起きたら、ヨブの信仰は揺らいで、きっとあなたを呪うでしょう。」
神「では、やってみよ。ヨブに苦しみを与えて、彼の信心を試してみればいい。」
こうして悪魔は神から“許可”をもらい、ヨブに「全財産を失う」「子供を失う」「皮膚病になって激しい苦痛を味わう」などの不幸を与えた。しかし、それでもヨブは神を呪うことなく、信仰を捨てなかった。
キリスト教では、神は創造主で人間は「被造物」という絶対的で一方的な関係があるから、まるで職人が陶器を壊すような感覚で、神は人を思いのままに扱うことができる。しかし、日本教の考え方からすると、神が信心を試すために、子供の殺害を黙認することはあり得ない。「人間らしさ」が尊重される日本教の視点では、そんな神は否定されるべき存在になる。
日本教を深く信仰していて、その教えが体に染み込んでいる日本人は、自分が日本教徒だという自覚を持っていない。山本七平は、日本人を日本教以外の宗教に改宗させることが可能であると考えるのは「正気の沙汰ではない」と指摘した。
第三者の外国人には、日本ではキリスト教が広まりそうに見えるかもしれないけれど、現実はまったく違う。日本人は無宗教ではなく、実は自覚のない日本教徒なのだ。これが、日本でキリスト教が受け入れられない大きな理由だと思う。
韓国ではキリスト教が普及しても、日本ではそうならなかったのも不思議ではない。世界中で、日本教徒への改宗が最も難しいのは韓国人だ。
幕末、ペリーは「日本の壁を打ち砕き、その門戸を世界へ開く」ことには成功した。しかし、「日本人をキリスト教世界に引き入れる日」は永遠に来ないだろう。日本人が日本教を捨てることは想像できない。

コメント
コメント一覧 (2件)
日本でキリスト教が広まらない原因ですか・・・
おそらく最大の原因は、キリスト教を含めた「アブラハムの宗教」が、土着の宗教に対して「厳しすぎる」からじゃないですかね。
結婚式をはじめおめでたい時には神道で祝い、葬式は仏教で執り行う、その他にはクリスマスくらい、今のところそんな風に日本社会での役割分担もできてしまっています。今さら他の宗教に入り込む余地はありません。あるのは、日常生活の上でどうでもいい思想を持ち込む新興宗教だけですよ。
日本人は意識していませんが、キリスト教が浸透しないのは、心の中に改宗に強く抵抗するものがあるからでしょうね。