【歴史的舌禍】日本を怒らせた独皇帝のデイリー・テレグラフ事件

「口は災いのもと」ということわざは、英語で「The mouth is the source of all disaster(口はすべての災いのもとである)」と言う。
うっかり口を滑らせてしまい、大きなものを失う悲劇に国境は関係ない。重要な立場の人が不適切なことを言うと、多くの人々を怒らせ、社会に大きな影響を与える。このような事件は「舌禍(ぜっか)事件」と呼ばれる。

最近、タイのシナワット氏がそのような事件を起こした。
タイとカンボジアが対立していた時、首相シナワット氏はカンボジアのフン・セン前首相と電話で話し、その中でフン・セン氏を「おじさん」と呼び、タイ軍の司令官について「格好をつけたかっただけ」と言った。
その後、会話の内容が漏れ、シナワット氏が「敵国」の指導者と親しくしていたことや、タイ軍を軽視する発言をしていたことが明らかになり、タイ国民は激怒した。
結局、シナワット氏はタイの憲法裁判所から解職を命じられ、首相をクビにされた。

 

最後のドイツ皇帝となったヴィルヘルム2世

 

10月28日は、1908年にドイツとイギリス(それと日本)のあいだで、デイリー・テレグラフ事件という歴史的な舌禍事件がおきた日だ。
この事件から6年後に第一次世界大戦が始まり、ドイツとイギリスは戦うことになる。この時、すでに両国の間には敵対的な意識があったことは確かだ。

コトの始まりは、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世がイギリスでバカンスを楽しんでいた時、イギリス軍人ワートリーと会話をしたことにある。
ヴィルヘルム2世はイギリスのヴィクトリア女王の息子で、イギリスとは個人的に深い関係があった。

ワートリーはヴィルヘルム2世の話をねじ曲げ、英紙『デイリー・テレグラフ』に送った。
『デイリー・テレグラフ』はその記事を公開する前に、ドイツ側に原稿を送り、内容をチェックしてもらった。しかし、ドイツでは、それを担当するはずだった宰相のビューローが休みをとっていて、広報室長も休暇中で目を通することできず、結局、下級官吏が原稿にサインをしてしまった。
ただ、ビューローは本当は原稿を見ていたという説もあり、真実は迷宮入りになっている。
とにかく、『デイリー・テレグラフ』はドイツ側の「OK」をもらい、以下の内容の記事を公開した。

・ドイツで親英的な人間は少数で、自分はその友好的なドイツ人の一人である。
・南アフリカで行われたボーア戦争は、自分がヴィクトリア女王に送った戦争計画によってイギリスは勝利した。

へりくだってイギリスに取り入るような発言や、思い上がった発言をしたことが分かり、ヴィルヘルム2世はドイツとイギリスの両国民を怒らせてしまう。
ドイツ国内ではかつてないほどの批判が巻き起こり、ヴィルヘルム2世は国民から退位を要求されて深刻なうつ状態になり、国家的な危機を迎えることとなった。

さらに、ヴィルヘルム2世は日本に対して、こんな挑発的な発言をしていた。

「Germany’s fleet buildup was directed not against Britain but Japan.」(Daily Telegraph Affair

ドイツが戦艦を建造して海軍を増強したのは、イギリスではなく日本をターゲットにしたものだったという。つまり、ドイツは日本を「仮想敵国」と見ていたのだ。

 

当時、欧米社会には「黄禍論」と呼ばれる人種差別的な考え方があった。特に日露戦争に勝った日本に対して、黄色人種が白人中心の世界に危険をもたらすという考えが広まっていた。
ヴィルヘルム2世はその考えを支持していたため、日本ではあまり歓迎されていなかった。
それでも日本ではドイツに友好的な人が多かったが、ヴィルヘルム2世のこの発言がきっかけで反独感情が高まっていく。
そして、1914年に第一次世界大戦ばぼっ発。
これはヨーロッパで行なわれた戦いで、日本には直接関係がなかったから、最初は参加を渋っていた。しかし、日英同盟を理由にイギリスから参戦を求められると、日本はそれに応じてドイツと戦うことになった。この原因の一つに、デイリー・テレグラフ事件がある。
第一次世界大戦でドイツは敗北し、ヴィルヘルム2世はオランダに亡命し、そこで亡くなった。彼の舌禍はとんでもない結果につながってしまった。

いっぽう、日本は大戦に参戦し、ドイツ捕虜を日本に連行したことで、バウムクーヘンやハムといったドイツ文化が広まった。

ドイツ人と朝鮮人の“捕虜”が日本を選び、文化を伝えた理由

 

 

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この記事を書いた人

今まで、東南アジア・中東・西アフリカなど約30の国と地域に旅をしてきました。それと歴史を教えていた経験をいかして、読者のみなさんに役立つ情報をお届けしたいと思っています。
また外国人の友人が多いので、彼らの視点から見た日本も紹介します。

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