韓国人が日本人に対してよく感じるジレンマは、「日本は韓国にひどいことをしたのに、今の日本人はその加害の歴史を知らない」ということだ。
しかし、歴史は一方通行ではないということを、韓国の人たちは知らない。
豊臣秀吉の「暗黒面」を知らない日本人
きょねん10月、釜山から10人の高校生が山口県にある高校を訪れ、日本の高校生と交流したと共同通信が報じた(2026年1月4日)。
豊臣秀吉は侵略者?日韓の高校生が歴史認識のギャップに直面 「うらみはしない」戦争中に多数死亡の事故現場で共に花たむける
交流の中で、日本の高校生が韓国の高校生に「この日本人は知っていますか?」と質問した。
「大谷翔平」や「坂口健太郎」は問題なかったが、「豊臣秀吉」を挙げた瞬間、韓国側の生徒の表情がこわばった。しかし、日本の高校生は、なぜ表情が変わったのか分からなかった。
そこで、先生(日本人か韓国人かは不明)が、豊臣秀吉は朝鮮半島を侵略した人物なので、韓国では「悪い人」とされていると説明する。
日本人にとって豊臣秀吉は天下統一を実現させた英雄でも、韓国人にとっては母国に攻め込み、荒廃させた極悪人になる。
それを聞いた日本の生徒からは、「へー」という意外そうな声が上がったという。
この交流事業の目的は「日本と韓国の間の歴史認識の差を縮め、異なる視点に目を向けるきっかけ」をつくることにある。
より大きな目的は日韓関係の友好で、歴史認識の違いを知ることは、そのための一つのステップだ。
日韓の生徒たちは、実際に会って話すことで、すぐにその壁にぶつかった。受けてきた歴史教育が違うと、当然そうなる。
豊臣秀吉について質問された韓国の高校生は、どう感じたのだろうか。
ある生徒は、「(日本の高校生は)韓国で豊臣秀吉が何をしたのか知らない」、「日本は(韓国が被害を受けたことについて詳しく)歴史を教えていない」と訴えたという。
日韓の歴史認識の差
個人的には、日本人と韓国人がお互いの歴史認識を知れば知るほど、その差があまりにも大きく、埋めるのは無理だと感じて、あきらめてしまう人が多いと思う。
16世紀に日本軍が朝鮮半島へ攻め込んだ出来事は、韓国では「朝鮮侵略(壬辰倭乱)」と呼ばれるが、日本では「朝鮮出兵」と呼ばれる。
この呼び方の違いだけでも、日韓では歴史の見方が違うことが明らかだ。
※豊臣秀吉は中国(明)の征服を目指していたから、「唐入り」と呼んでいた。
こうした違いに直面したとき、「自分の歴史認識が正しい」と思い込み、それを相手に押しつけると、関係は友好とは反対の方向へ進んでしまう。
朝鮮出兵では、李舜臣の評価も日韓で大きく異なり、その差を縮めるのはむずかしい。
しかし、お互いに「異なる視点に目を向ける」ことは確かに大切で、その点には賛成だ。
ただし、教師がつく交流事業とはちがい、個人的に韓国人と仲良くなることを目的に会話をするなら、豊臣秀吉を「偉人」として紹介するべきではないし、してはいけない。
韓国人と接する日本人なら、秀吉が侵略者として強く嫌われていることくらいは知っておくべき。
一方で、相互主義の観点から、韓国側も、日本人にとって秀吉が英雄とされていることを理解しておく必要がある。
「異なる視点に目を向ける」とは、そういうことだ。
元寇に積極的だった韓国
日本人と韓国人が相手の歴史認識を知ることは重要だ。そこでここからは、韓国の人たちが知らない歴史について書いていく。
16世紀、日本が朝鮮半島を侵略した歴史がある一方で、13世紀には韓国(高麗)が日本を侵略した事実がある。いわゆる元寇だ。
当時、高麗は中国の元と戦って敗れ、その支配下に置かれていた。その後、高麗の忠烈王は元に忠誠を誓い、日本への遠征を進言した。
韓国の歴史書『高麗史』には、元の皇帝が日本遠征を決めた場合、高麗が兵士や物資を提供すると申し出たという記述がある。
具体的には、次の文章だ。
「惟彼日本 未蒙聖化 故発詔 使継糴軍容 戦艦兵糧 方在所須。儻以此事委臣 勉尽心力 小助王師」
これは個人的に、以下のような意味だと理解している。
「まだ日本だけが聖化(中国化)されていません。もし皇帝が日本遠征を命じるなら、高麗は艦船や兵糧を提供いたします。このことを臣(忠烈王)にまかせていただけるなら、全力を尽くして王師(皇帝)のお手伝いをいたします」
実際に、高麗で多くの船が造られ、元寇がおこなわれた。
元と高麗の連合軍は日本の村を焼き、逃げる人びとを殺し、女性を生け捕りにした。略奪も行われただろう。
さらに、200人の子どもを連れ去り、奴隷として王と王妃に献上したと、高麗側の歴史書に記されている。
「加害」の歴史を知らない日本人と韓国人
これまで5人ほどの韓国人に、加害行為はぼかしてこの話をしたことがある。
全員が元寇そのものは知っていたが、高麗が日本討伐を進言し、積極的に関わっていたことを知る人はいなかった。
彼らは、高麗は本当は嫌だったのに、元に強制されて日本遠征に参加させられたと思い込んでいた。
歴史では、韓国は常に被害者、日本は加害者だと思い込んでいたから、逆の立場になることもあったと知り、ショックを受けていた。
そのときのボクの感想は、「韓国の人たちは日本で高麗軍が何をしたのか知らない」、「韓国では、日本が被害を受けたことについて詳しく歴史を教えていない」というものだったから、日韓交流で韓国の高校生が感じた気持ちはよく分かる。
異なる視点に目を向けたとしても、日本と韓国の距離が縮まるとはかぎらない。
特に、自分たちが「侵略者」だった側面を受け入れることは、韓国側には高いハードルになる。
韓国の人たちは「正しい歴史を知ることが重要」と強調するが、自分たちが「加害者」であることを想定していない。豊臣秀吉と忠烈王が同じ立場にいることを考えていない。
だからそれと直面すると、「へー」と意外そうな声を上げるどころではなく、「それはおかしい!」と感情的になって否定する人が多いだろう。
日韓の歴史認識の差を縮めるのは本当にむずかしい。
ちなみに、北条時宗は元寇のあと、鎌倉に円覚寺を建て、戦死した兵士を敵味方の区別なく平等に弔った。
鎌倉を訪れる韓国人観光客は多いが、この事実はほとんど知られていない。
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