人は、敵を憎んでくれる人を愛する
人と人を結びつける絆は愛情ではなく、「憎しみ」や「敵意」といった負の感情である場合もある。
いわゆる「敵の敵は味方」理論だ。
イギリスの哲学者で1950年にノーベル文学賞を受賞したバートランド・ラッセルは、そのことについて格調高く、こう表現した。
「We love those who hate our enemies, and if we had no enemies there would be very few people whom we should love」
(私たちは、自分たちの敵を憎んでくれる人を愛する。もし私たちに敵がいなかったら、私たちが愛する人はごくわずかになってしまうだろう。」
自分にとって少し嫌いなAと、大嫌いなBがいたとする。
ある日、Aが「Bって性格が最悪だよな、心底ムカつく!」と言うのを聞いたら、きっとAと仲良くなることができる。
共通の敵がいないと、愛する人もできないというラッセル理論は厳しいけれど。
歴史を見ると、そんな例はいくらでもある。
蒋介石(国民党)と毛沢東(共産党)が日本を共通の敵とみなし、タッグを組んだのは有名だ。

ちなみに、ラッセルは女性の権利や社会的地位の向上を訴えていて、女性の参政権を支持する運動をしていた。
これは当時の常識を破る大胆な主張だ。
1907年イギリスでおこなわれた選挙では、「女性参政権」を掲げて出馬したが、発想が斬新すぎて共感を得られなかったのか、落選してしまっている。

噛み合わない日韓の歴史認識
さて、ここからの話は現代の日本と韓国だ。
両国の歴史には、16世紀の朝鮮出兵や20世紀の日韓併合といった出来事があり、現在でも不安定な関係にある。
日本では、1910年から1945年までの期間を「統治時代」と呼んでいて、ウィキペディアにもそう書かれている。
しかし、韓国では「日帝強占期」と日本の加害性を強調した言い方をしている。
日本では合法的に韓国を併合し、統治していたと考えているが、韓国では違法な手段で強制的に占領したと認識されている。
つまり、考え方がまったく噛み合わないのだ。
だから、SNS上では、日本と韓国のユーザーが「歴史を直視しろ!」「お前がな!」と罵り合っているのをよく見る。
ネット空間で歴史や政治の話題で感情的に衝突し、激しい対立に発展するのはもう日常茶飯事だ。
SNSで起きた奇妙な日韓の「性別ごと」の連帯
しかし、最近SNS上で、奇妙な形で日韓が対立し、連帯するのを見た。
まず、韓国人女性のフェミニストが日本の野球場にいるビールの売り子について、「性搾取」、「女性差別」、「女性嫌悪国家」と日本批判を展開し、日本の男性には「精神を正せ」と言い放った。
それに対し、日本の男性を中心に投稿主に反発して、無知や誤解を指摘する人もいれば、感情的に罵る人が現れた。
一方、(おそらく)日本の女性フェミニストが韓国人女性を「オンニ(お姉さん)」と慕って、
「日本の気持ち悪いところを『気持ち悪い』と言ってくれている。私たちも言わなければならないと思う」
と賛同した。
日韓の国境を越え、女性たちが連帯したのだ。
すると今度は、韓国人男性が怒る日本人男性に加勢し、
「お前ら、海外の女性の人権まで気にかけてやって、殴られてんじゃねえよ」
と自国のフェミニストたちを罵った。
韓国人が「迷惑かけてすまない」と言うと、日本人が「お前らも大変だな」とねぎらって友好関係が成立した。
こうして、玄界灘を超えて「日韓の男性と女性同士が手を組んで、共通の敵と戦う」という構図が自然発生的に生まれた。
こういう日韓の連携は珍しい。
共通の敵を前にして、性別ごとにタッグを組んで攻撃するのは初めて見た気がする。
韓国社会における激しい男女対立の背景
「キムチ女」vs 「韓男虫」
前々から、韓国社会では、男女の対立が深刻化しているという話は聞いていた。
韓国の男たちは20代の貴重な時期に軍隊に入って、2年を国家に奉仕しなくてはならない。しかし女性は、女性だからという理由でその「苦役」を免除されている。
また、女性差別を批判しながら、女性という「性」を武器に利用してさまざまなメリットを得ようとしている。
そう感じる男性が増え、女性を「キムチ女」や「ボスラチ(性別を特権のように言う女性をバカにした言葉)」と呼ぶようになった。
そんなことが中央日報の記事に書いてある(2014.03.19)。
「女性配慮で自分たちが被害」…女性への反感増す韓国人男性(1)
一方、女性も負けていない。
若い女性による韓国の「ヤング・フェミニズム」は男女平等を叫ぶだけでなく、過激な活動をしていた。
韓国人の男性を侮辱する意味で「虫」を付けて「韓男虫」と呼んだり、大韓民国を「小チュ民国」と表現したりした。
「コチュ」とは陰茎、つまり「チ◯チン」のこと。
「小チュ民国」というのは、「チン◯ンの小さい男どもが集まっている国(=韓国)」という意味らしい。
韓国人男性の陰茎の長さは平均で6.9cmだと主張し、一部のフェミニストたちは6月9日に、女性の権利保護を訴えるデモをおこない、それを「6・9小チュ節」と呼んだ。
朝鮮日報の記事がそんな状況を伝えている(2018/07/27)。
「小チュ民国」「韓男虫」…韓国女性のネット空間を支配する男性嫌悪
今の韓国社会にラッセルは必要なさそうだ。
政治に利用される「男女対立」
韓国社会における男女の対立が深刻になると、それを政治的な利益のために利用とする「悪い大人たち」が現れた。
政治家たちが選挙に勝つため、「女性嫌悪」や「男性嫌悪」の感情をあおる言動をして、自身への支持を呼びかけたのだ。
朝鮮日報はそんな韓国社会の様子を見て、「この過程で男女の対立はさらにあおられ、より鮮明になる」と嘆いている(2022/08/19)。
「20代男性は権威的」「女性差別は存在しない」、男女対立をあおる韓国政界
日韓の対立と連帯が生まれた背景
こうした状況があったことが分かると、韓国のフェミニストが他国の「女性侵害」に口を挟んだり、韓国の男性がそんな女性に反発し、怒る背景がみえてくる。
歴史認識では韓国が嫌いでも、韓国男の境遇を知ればシンパシーを感じる日本男はきっと多い。
たとえ歴史的には日本が嫌いでも、それを上回る憎悪があれば、相手と手を組むことができる。
まさに「私たちは、自分たちの敵を憎んでくれる人を愛する」だ。
欧米人の視点では、儒教の影響から日本も韓国社会も「男尊女卑」の傾向が強いとよく指摘される。
「男女の対立構造」という点では、日韓はとても似ていると思う。
だから、ネット空間で奇妙な対立と連帯が生まれたのだろう。
冒頭のラッセルはこんな言葉も残している。
「高潔な人たちが、自分は『道徳的な悪』を懲らしめているのだと思いこんでしてきた’戦争’や’拷問’や’虐待’のことを考えると、私は身震いする。」
「最悪なのは、あらゆる人間を分類して明瞭なレッテルを貼ることである。」

コメント