令和の日本が失ったものが台湾にはある。
台湾のリーダーだった李登輝氏が愛した「日本精神」は、現在の日本人が忘れかけている大切な心だ。
なぜ台湾は「初めてなのに懐かしい」のか?
日本人が台湾を旅行すると、不思議と「初めて来たのに懐かしい」と感じることがある。それは、かつて台湾が日本の一部だった時代があるからだ。
日本は日清戦争に勝ったあと、清(今の中国)から台湾を譲り受け、1895年から1945年までの50年間、台湾を統治していた。そのため、今でも当時の建物が「古き良き雰囲気」を残したまま、おしゃれなカフェなどにリノベーションされて大切に使われている。
明治や大正時代の面影が残る建物を見て、日本人がノスタルジーを感じるのは自然なことだ。でも、当時の日本が台湾に残したのは、建物のような「目に見えるもの」だけではない。
日本人らしい価値観や考え方、つまり「日本精心」も深く根付いている。

台湾に残る「日本以上に日本らしい」風景
台湾には、まるで日本の昭和時代にタイムスリップしたようなおでん屋がある。
(※画像は日本の情報を紹介している「Hsu Hsu」さんのも)
李登輝元総統が語った「日本精神(リップンチェンシン)」
きょう1月13日は、1988年に李登輝氏が総統に就任した日だ。
彼は日本統治時代に生まれ、日本式の教育を受けて育った。その中で学んだ、「勇気・誠実・責任感・勤勉」といった美徳を、彼はまとめて「日本精神(リップンチェンシン)」と呼んだ。
李登輝氏は、この精神があったからこそ、台湾は中国にのみ込まれることなく、近代的な社会をつくることができたと語っている。
彼は総統として、それまで国民党政権がおこなっていた「反日教育」を廃止し、子供たちが日本について正しく理解できるように、歴史教科書も書き換えた。日本が整えた教育制度や鉄道などのインフラ整備など、日本の功績を評価する記述を取り入れた。
これが、今の台湾の人が日本に親しみを感じてくれる大きな理由の一つになっている。
台湾社会に根付く「日本精神」への敬意
統治時代、日本の先生たちが情熱と愛情を持って教育を普及させたことや、「勤勉で正直で約束を守る」という日本精神が、高く評価されていたからだ。
統治時代に日本人として育った実業家の蔡焜燦(さいこんさん)氏が、自身の経験や考えを『台湾人と日本精神』に書いている。
これを読むと、日本精神とは何なのかがわかる。

台湾総督府
戦前は、ここで日本の統治がおこなわれていた。
現在でも、総統が仕事をする「総統府」として使われている。
20年以上前、台湾旅行で総統府を訪れると、日本時代に教育を受けて日本語がペラペラのおじいさんが案内してくれた。
そのおじいさんは、「日本人として育ててくれたことに感謝しているのです。だから、今はボランティアでガイドをして恩返しをしています」と話してくれたのを、今でもよく覚えている。
この「恩返し」も、その人が大切にしていた日本精神のひとつだ。
彼にとって日本精神には、時間やルール、約束をしっかり守ることなど、本当に広い意味が含まれている。
日本が台湾に鉄道や上下水道といったインフラを整備したことよりも、この精神的な財産を残してくれたことを、その台湾人評価していた。
それを実感したのは戦後だ。
中国大陸からやってきた中国人にはこの精神がなかったため、社会は腐敗し、秩序も乱れていった。
そんな混乱を見て、自分は日本人として教育を受けて、正しい心を持てたことを誇りに思ったという。
日本人が台湾から学ぶべきこと
こんな背景があったから、李登輝氏が、日本精神は台湾のアイデンティティになっていると語っても問題は起こらず、肯定的に受け止められた。
その李登輝氏は、日本人がこの精神を失わなければ、日本はこれからも発展し続けられると、エールを送っていた。
今の日本はどうだろうか。
かつての日本人が持っていた、誠実さや責任感といった「崇高な精神」を無くしつつあるように思えてならない。
かつて台湾に贈った「日本人の心」を、今度は日本人が台湾から学び直さないといけない。
まぁ、現代の台湾人が、どれくらいそれを持っているか分からないが。

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