高知のホテルと安重根
率直に言わせてもらうと、「なぜ見えている地雷を踏んだのか?」と思ってしまう出来事が高知県であった。
高知龍馬空港に近いリゾートホテルの敷地内に、安重根(アン・ジュングン)を称える記念碑が設置された。
そこには、彼が唱えた「東洋平和」の文字が刻まれている。
6月9日に除幕式がおこなわれ、参加した関係者はこう述べた。
「安重根義士の東洋平和の思想と人類共栄の精神を広く伝え、次の世代に韓日の和解と協力の重要性を伝える意義深い機会になる」
安重根と高知のつながり
安重根と高知には間接的なつながりがある。
安が旅順で受けた裁判では、検察官や弁護人、裁判官などに高知出身者がいたのだ。
それに、安重根の考え方や人柄に触れ、彼を尊敬するようになった日本人もいたということで、記念碑が建てられたらしい。
もっとも、明治の日本人が彼を尊敬した理由は、明治天皇に対する真っ直ぐな忠誠心に触れたからなのだが、韓国でそのことは「誰も知らない」というレベルで知られていない。

日韓で180度異なる安重根への評価
日韓のあいだで伊藤博文と安重根ほど見方が対照的で、物議をかもす人物はいない。
現代の韓国では、伊藤博文は「侵略の元凶」と憎まれているため、返す刀で、1909年に伊藤を暗殺した安は国民的英雄となっている。
しかし、日本にとってはテロリストになる。世界のどの国でも、元首相を殺害した犯人をそう呼ぶのは常識的だ。
安重根を中立的に表記するなら、「独立運動家」になる。
韓国メディアは「日韓の和解と協力伝える」と好意的に伝えたが、実際に日本で起きた反応はその逆だ。SNSでは、
「テロリストを賞賛する気か?」
「日韓親善を考えるなら一番やっちゃいけないレベルの選択をやってる」
といった異論・反論が噴出し、ホテルには批判が殺到した。
日本国内に安重根をたたえる記念碑を建てたら、当然こうなることは分かっていたはずなのに、ホテルがあえてこれを建てた理由がわからない。
日本の客をあきらめて、韓国からのインバウンド客に「全振り」するつもりだったのか。それはそれで、かなりチャレンジングな経営戦略だが。
判明した経緯と高速撤去
「正解」はすぐに判明した。
ホテル側は記念碑の中身について知らなかったのだ。正確に言うと、知らされていなかった。
自分たちが何をやらかしたのか、やっと気づいたホテル側は記念碑の撤去を決め、謝罪文を公開した。
その「記念碑設置に関するお詫びとご報告」を見ると、「内容を把握したのは2026年6月6日の除幕式当日でした」と書いてある。
ホテルが主体的に建てたわけではなく、それがどんな碑か理解していなかったのだ。
ことの始まりは、日韓親善協会名誉会長から、日韓国交正常化60周年を記念した碑を建立したいという申し出があったこと。
ホテル側もその目的には共感できたし、韓国人観光客の需要も見込まれたから、敷地の一部を貸し出すことにしたという。
その好意の結果、「多くの皆様にご心配とご迷惑をおかけしましたことを、心よりお詫び申し上げます」と謝罪する事態になった。
ホテルは確認不足のまま設置を認めたというが、本当にそんなことがあるのか?
個人的に最初はそう感じたが、6日に除幕式がおこなわれ、10日に撤去作業が始まったというから、ホテル側は本当に何も知らなかった可能性が高い。
ちなみに今回の一件で、日本のネット民が唯一ホテルを評価した点は、過ちを認めて即撤去に動いたスピード感だ。
お詫び文には「高知県民の皆様や香南市民の皆様、当ホテル従業員に責任はございません」と書かれているから、広範囲で炎上していることが想像できる。
日韓関係の限界
「日韓国交正常化60周年を記念する石碑」と聞かされ、実際にはとんでもない地雷が設置されてしまったホテルには気の毒としか思えない。
碑を建てた側は「東洋平和の思想と人類共栄の精神を広く伝え、次の世代に韓日の和解と協力の重要性を伝える」と強調していたが、実際には一週間ももたなかった。
日韓のあいだには触れてはいけないものや、越えられない壁がある。
それが明らかになったことが、今回の一件から得られる教訓だ。

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